切絵作家の徒然

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クレッセントハウスを語る会 1月23日10時ー12時 オンラインでのご参加のお知らせ

直前のお知らせとなってしまいましたが、本日、館内ガイドラインにそった上、下記の会を行うにあたり、オンラインでのご参加も可能となりましたのでお知らせいたします。

 

オンライン参加は、10時30分ー11時40分頃になります。

ズームのURLとパスコードを希望される方は、<info@tantan.tokyo>までご連絡ください。

 

 

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『港区の歴史的建造物のあり方を考える』
 〜 クレッセントを語る会 〜
場所/港区立伝統文化交流館
時間 / 10時〜12時 / 無料 / 定員 / 30名
 
 

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1948年、クレッセント(三日月)は、芝・増上寺参道、戦前まで廣度院不動堂があった跡地に古美術商の石黒孝次郎により開業されました。1958年、麻生多賀吉が支援していた銀座のレストランの従業員を引き受け、同地にレストランを併設。鉄筋鉄骨コンクリート造でありながら、急勾配屋根にスレート瓦、豊かな赤レンガ壁、白い窓枠のベイウィンドウなどを配し、ヴィクトリアン様式を近代風に昇華させた意匠となっており、内外ともに贅沢な 建材と職人技が駆使され、芝公園の景観になじみ、東京の風景となっていました。
 
 
 
しかし、2020年10月、コロナ禍により、多くの方に惜しまれ、閉店となり、解体の看板が掛けられました。これに対し、所有する大手不動産会社に、見直し・再生利用の提案をしてきました。Facebook等のS N Sでは、多くの反響をいただきましたが、残念ながら、2月解体完了に向けて、現在解体作業が進められています。
日本では、ひとつの文化と歴史を、風景ごと残していくことがとても難しいと言うことを痛感する出来事ですが、クレッセント設立当初、石黒孝次郎は、いつかは跡形もなくなってしまうかもしれない、と言うことも想定した上、隅々ま

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でこだわり抜いていたのかもしれません。「今、ここにいる人たち(馴染み深い建築家さんや、建設業者さん、インテリア等の職人さんたち)とでクレッセントのような場所を作らなければ、いつ取り組むことができるのか」と、その瞬間瞬間の最善の質が生み出す付加価値に対して生涯情熱を注ぎ続けた彼にとって、言わば、共同作品ともいえるような建物でした。
 
 

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「其の作業は私にとって彫刻であり 絵画だった
比の館は作業に参加した人々の作品であった 夢を実現させる為に
どんなに多くの個人や組織が努力された事か
其の方々に深い感謝の意を込めながら 私はこんな夢を思う
こゝを訪れた人々が ”古き良き時代"に皆んなが持って居た
あの心のゆとりを一瞬でも味わって呉れるようにと
そして 一目この館を今は亡き妻豊子に見せたかったと
石黒孝次郎」
 
これは、クレッセントハウスオープン時から、玄関口のテラスに設置されていたレリーフからの一文です。時代の移り変わりとともに、彼もまた、当時の感覚での「古き良き時代」に思いを馳せながら、取り組んでいました。今の時代では、一個人が、一つの建築物に対してこれほどポテンシャル高く、こだわりぬいて取り組むことは、一筋縄ではありません。
 
 

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新しく開発されていく街並みや建物には、文化の香りが減っていき、その痕跡を知る人たちもどんどん減っていきます。今、その文化の記憶の片鱗を知る私たちができることは、そうした事柄をを共有していくこと。これから街を作っていく世代の人たちに伝承していけるような、少しでも心に何かを残していけるような場を作ることではないかと思います。今回頂いた機会のなかで、かつてのクレッセントの写真や資料を展示させていただき、その記憶を語らいながら、少しづつ、その波が大きいものへと発展していけたらとの希望を胸に、第一回目を開催させていただきます。お気軽にお運びいただけますと幸いです。
 
 
話し手 / 石黒史子・TanTan
住所 / 〒105-0023 東京都港区芝浦一丁目11-15
JR「田町」駅東口徒歩8分、都営地下鉄「三田」駅徒歩9分
 
 

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